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コンテンツマーケティングに関する議論でどうしても話がかみ合わない人がいるのはなぜか

紙とウェブを含め、編集・コンテンツに関する仕事を十数年前やってきて、いまもいわゆるウェブの編集みたいなことをやっていますが、長い間ずっと違和感を抱いていることがありました。

 

コンテンツ、特に「コンテンツマーケティング」的な文脈においてよく感じる違和感。自社のコンテンツマーケをどうするか?みたいな議論をしていると、どうも大きく分けて2つのタイプの人間がいるような気がしてなりません。そしてその1つに個人的には大いなる違和感を覚えていました。

 

それはひとことで言うと、コンテンツが目的なのか手段なのかの考え方の違いに起因すると感じています。私は主に前者の立場を取るので、それゆえ後者の考えを持つ人と話をしているとどこかに埋められない溝を感じたまま終わることが多いのです。

 

両者の違いを、飲食店にたとえてみるとわかりやすいかもしれません。ある人は、ある時誰かにごちそうになったお寿司のあまりのおいしさに衝撃を受け、自分もとにかくおいしいお寿司を提供できるようになりたいと研究・修行して、自分のお店を出せるようになったとします。この人にとっておいしいお寿司をつくってお客さまに提供すること自体が大きな目的です。もちろん商売としてやっていくため儲けを出すことも必要ですし、より多くの人にこのおいしさを伝えるための業務拡大なんかもあるかもしれません。

 

もう一方の人は、飲食業でビジネスを成功させたいと思っており、地道なマーケティング調査をもとに、あるエリアにお寿司屋を出すことにしました。エリア近郊の調査もして、他店にない差別化ポイントもうまくつくることができ、お店は繁盛するようになりました。

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前者の人にとっては、どうしてもお寿司じゃなくてはならない個人的な理由があり、ラーメン屋のほうが儲かるよ、利益率が高いよと言われたとしてもそれはきっと違うわけです。後者の人にとってもお寿司は大事なものであり、日々おいしさを追究していると思います。でも、この両者には大きな溝があると思います。前者の人にとってはおいしいお寿司を提供すること自体が目的であり、後者の人にとってお寿司はビジネスを成功させるための手段の一形態です。もちろん後者でも、いつの間にかお寿司の魅力にとりつかれて前者になってしまう方もいると思いますが。

 

話を単純化するため大きく2つのタイプに分けましたが、実際はこんなにきれいに分かれるわけではなく、一人の人間の中にこれらの要素が混ざり合っていることもあると思います。私の中にもこの2つの考えが共存しており、時に応じてその配分が変わったりもします。

 

この2つのタイプについて、どちらがいい・悪いと言いたいわけではありません。ただ、こういう2つの立ち位置があるということをあらかじめ認識しているだけで、コンテンツにおける日常的な議論がすっきりすることがあるかもしれないと言いたいのです。

 

コンテンツ、とりわけ「コンテンツマーケ」の議論をしているなかで、どうも根本的に話が通じない相手がいるときに、この目的と手段との立ち位置の差を意識することで、個人的には多くの部分がクリアになりました。

 

寿司そのものが目的の人に、粉ものの方が利益率が高いと言ってもあまり意味がないのです。それどころか、時には侮辱と取られてしまうことも覚悟しなければなりません。

 

コンテンツを手段と考えている人に、そのコンテンツを作るためにどれだけの手間ひまや想いが込められているかを滔々と語ってもあまり響かず、むしろ「費用対効果が悪いんじゃない?」とさえ言われてしまうのはそういうわけなのです。

 

くり返しますが、どちらかが良いとか悪いとかではありません。どちらも必要な要素です。どんなにおいしいお寿司をつくっていても、お客がまったく入らないお店では意味がありません。大事なことはこれら2つの、ある種相容れない立ち位置の違いを認識すること。そのうえで、両者の共存のあり方を日頃から模索することなのだと思います。