基礎体温

思索の試作。嗜好の思考。

ナベさんのこと。

かつて、前々職のときにナベさんという人とひょんなことから新サイトをつくることになった。ナベさんというのは、中途で入ってきた人で 、どんな人なのか、何をやってきたのかわからなかったが、とにかくアホみたいな顔をしていて、わかりやすく言うと赤塚不二夫のマンガに出てきそうな風体の人だった。見た目だけじゃなくキャラも赤塚ワールドで、油断するとすぐにうんこちんこといったことを口走るような人で、私より幾分年上だったのだが私は全然嫌いじゃなくて、なぜか一緒に飲んで安っぽいキャバクラに行ったこともあった。

彼とのなんの仕事をしたかというと、いつの間にか新サイトを立ち上げることになっていて、いつの間にか私がその企画責任者みたいになっていて、なんだかんだ進めていたのだが、今思うとほんと何にも考えてなくて、そもそもサイトを構築すること自体を理解していなかったので、決めなければいけないことも見えていない状態のまま、とにかくリリース日が近づいていた。

今考えても恐ろしいが、明日リリース日だというのに今思うと詳細の仕様が固まっていない状況で進んでいき、何も見えてない私はもうサイトができるのを待つばかりと思っていたのだが、夜に近づくにつれ、あれはどうなっている?これはどうしましょうか?などと疑問点が続々と出てきて、外注のエンジニアさんに一つ一つ考えては返答していたのだが、そこにアホづらのナベさんが現れて、様々な要件を一つ一つ整理してはつぶしていくのを目の当たりにした。あんな赤塚顔で、いつもうんこちんこばかり言っていたナベさんのおかげで、複雑にみえた要件が整理され、次々解決されていくのは圧巻であった。そこには、幾多の修羅場をくぐってきた者の凄みがあった。

明け方にようやくすべてが完了し、新サイトがオープンすることになったが、私にはなんの喜びも達成感もなかった。敗北感にすら達しない不甲斐なさがじんわりと胸に残った。

そのあとも、私は新サイト、新サービスをいくつも立ち上げた。その度に、そして今でも、事前に要件を定め、あらゆる挙動や可能性に答えを用意しておくことの重要性をナベさんの姿から教わった経験が生きている。あれからナベさんは会社を辞め、私も辞めた。あるとき、中目黒の大衆酒場であいかわらずのアホづらで飲んでいる彼の姿を遠目で見かけ、密かに感謝の祈りを捧げた。